今日で、東日本大震災が発生してから丸8年となります。改めて犠牲になられた皆様のご冥福をお祈りするとともに、被害に遭われた皆様、そして今なお避難生活を余儀なくされている皆様にお見舞いを申し上げます。

当時、私は市議会議長で、地震発生時は会派室で予算審査の内容を会派メンバーと打ち合わせていました。慌ててテーブルの下に潜ったものの、なかなか収まらない大きな揺れを4階で感じていました。窓から見える電柱が、湾曲して揺れているのが怖かったです。

その後、議長室でテレビをつけたところ、津波に警戒し海岸から離れるよう、繰り返しアナウンスされていました。津波が仙台空港に押し寄せた映像、ガスタンクか何かが爆発して火事になっている映像、などが繰り返し流れていましたが、夜になって、家や車、そして人までが濁流に飲み込まれていく映像が流れだし、見ていて涙が溢れてきたことを今でも覚えています。

議会として、義援金を互助会から拠出したり、スーパーの街頭で募金活動をしたり、支援物資を市民の皆様から募ったりと、いろいろな対応をその場その場で決めていきましたが、その取り回しを議長としてやっていて、難しいこともあったなあと、当時のことが思い出されます。とにかく公職選挙法に抵触してはいけないということで、集めた義援金のお渡し先もかなり制限がされました。その後4月の市議会議員選挙は、現職は自粛した選挙をすることで申し合わせしましたが、それも反対する人がいたりして難しい決断がいろいろありました。

その後、何度か被災地を訪問させていただきました。確実に復興が進んでいる部分もあれば、まだまだ進んでいない部分もあります。東日本大震災後も日本各地で災害が発生しており、我々は引き続き被災地に寄り添い、過去の災害からの学びを対策に生かしていかなければならないと改めて思います。


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⇒相馬市の、津波から奇跡的に残った藤の木