ブログ版 水野義則Times

愛知県尾張旭市の水野義則です。市議会議員を4期13年務めさせていただき、平成24年3月25日から市長に就任し、現在2期目になりました。よろしくお願いします。

※ 本ブログは、水野義則オフィシャルなブログです。
※ 尾張旭市オフィシャルなブログではありません。

来賓とは?

いよいよ市民祭が近づいてきました。先日から配布されていた市民祭のパンフレットですが、何と

市長の名前が間違っていました…

ということで、刷り直しになったようです。刷りなおし版を広報と一緒に配布するようですが、どんなチェックをしていたんだ?と言われても仕方がないミスですね。地球的には「紙、もったいないね…」という感じです。再発防止策を講じていただく必要があります。

さて、そのパンフレットとともに届いた、市民祭開場式の案内に、こんな一文があります。

会場に来賓駐車場はございません。

なぜこんなことが書いてあるかというと、少し前までは来賓駐車場が設定されていたからであります。去年は土砂降りで、どうだったか覚えていませんが、一昨年はあったような気がします。市民祭だと、無料配布に並ぶため、長池周辺の駐車場は早くから満車になります。そういう時に、配付された駐車証を係員に提示すると、中に入れていただけたのですが、それはもうないよ、ということであります。おそらく城山小あたりの少し離れた駐車場に停めて歩くことになると思います。

まあ別に、そのことを取り上げて来賓軽視だとか言うつもりもないですし、なんであいつら後から来てあんな近い駐車場に、というクレームがあることも聞いています。市民と同じ、が庶民感覚だという意見を批判するつもりもありません。ただ、

来賓って何?

という気はします。「式や会に主催者から招待された客」が一般的な解釈で、「華を添える」という、おめでたいことに華やかな雰囲気を出すという役割もあります。必要ない、と言われてしまえばそれまでですが。

確かに、世の中には議員というだけでエラそうにする方もいますが、大部分はそんなことはなく、むしろそういうイメージを誇張して吹聴しているのは、来賓駐車場ですら「特権」と評する議員だったりします。そんな悪いイメージを植えつけることに力を注ぐ理由もわかりませんが、招待したら駐車場を用意するというのが、そんなに世間一般の常識からかけ離れたこととも思えず、それが議員だと「そうだ、そうだ」になる理由はなんとなく分かりますが、あまり気分の良いものではありません。

議員が招待されるイベントで、来賓用の駐車場が用意されているのは、そう多くありません。総合防災訓練とか、その程度です。文化会館でのイベントなどは、駐車場が少ないので、そんな来賓用のスペースを確保しただけでも後ろ指を刺されますので、第2駐車場や市役所駐車場から歩いています。市民祭についても、別に苗木の無料配布に並ぼうというものでもありませんし、開場式が終われば早々に退散する議員も多いです。開場式が終われば、一般駐車場として開放されるのですから、それほど問題とも思えません。

そんなに疎ましければ、いっそのこと招待なんてしなければ良いと思うのですが、行かなければ行かないで「税金で食ってるくせにいなかった!」なんて言われることもあります。多くの方は「いろいろなイベントに呼ばれて大変だね」と言っていたたけますが。

皆さん、議員という存在をどうしたいのですかねぇ。

住民投票に潜む罠

名古屋市ではついに、減税の是非を住民投票で問うという話が出てきました。選挙の民意を否定するのなら、改めて民意を問おう、ということです。選挙ですと、争点も多く、1票も減税には賛成か反対か分からない、という言い訳もできますが、ある1点に絞った住民投票では、それは言い訳にならなくなります。議会側は難しい対応を迫られることになるでしょう。おそらく、「減税10%に賛成ですか?」と問えば、おそらく90%くらいが賛成になるでしょう。それが分かっているから、住民投票条例を成立させたくない訳ですが、なかなか反対のしにくい条例案ですし、理由付けも難しくなるでしょう。

よくまあ、こういう踏み絵のような、引くも進むも難しい局面を作り出せるなと、ある意味感心しますが、この住民投票には1つ罠があります。一般的に、住民投票と議会の関係は微妙で、議員は市民の声を代表しているのに、なぜ住民に投票させる必要があるのか、逆に住民に投票させるなら議員なんていらないじゃないか、という意見は根強くあります。私は、個人的には住民投票条例はあった方が良いと思います。やはり、議員の周りでも、賛否が分かれるような事案は結構あります。そうした場合、断腸の思いで決断をしていることもあります。もっと広く、市民の意見を聞けたら、と思うこともあります。そうした、町を二分するような事案の場合は、賛否という形で住民の意見を聞けることは重要なことであります。ただし、出た結果を尊重することを担保し、またその仕組もじっくり考えた上でなくてはなりません。とにかく

設問の仕方

が重要になってきます。これ1つで、恣意的な誘導も簡単にできてしまいます。例えば、

減税10%に賛成ですか?

と聞くのと

10%減税して、その代わり保育料を○万円値上げし、△△の補助金を■%カットするのに賛成ですか?

では、結果が大きく違ってきます。おそらく、「分かりやすく」を理由に、前者のような設問がなされるのだと思いますが、これだとおそらく90%を超えて賛成になるでしょう。しかし、本来政治家が示すべき選択肢は後者のようなものであり、こうした悩ましい問題を決めていくのが仕事であるはずです。世の中、○か×かで決められるほど単純ではありません。

ここまでは住民投票のテクニック的な話ですが、罠というのは議会や二元代表制の不要論につながっていく部分です。河村市長の従来からの主張は、議会不要論です。今は仲間の形になっている減税日本の議員も、本来河村市長には必要のない方たちです。今は、法律で二元代表制になっているので、多数決側も多数を握ろうとしていますが、本来は完璧な政治家である自分が、すべてを決めていくから、議会がごちゃごちゃ言ってまわんでも結構、という立場であります。国会議員も兼務、などとおっしゃるわけですから、法律も自分で作っていく、ということであります。ますます議会はいりません。ボランティアでもいらないのです。

住民投票で決めていく、ということになれば、その考えはさらに加速します。基本的には多くの支持を得た自分がすべて決め、迷ったときには住民投票にかければよい、このプロセスの中に議員や議会の入る余地はありません。今回、この住民投票が成立した場合、議会不要論が加速するのは目に見えています。むしろ、減税を実現するための手段と言うよりは、そちらに狙いがあるのでは?という思いすらします。

しかし、出直し市長選といい、住民投票といい、結構莫大なお金のかかることを平気でやるもんだなぁ、と不思議でもあります。それは「民主主義に必要なコストである」とおっしゃいますが、すべてその判断基準やものさしがご自分なので、それがあたかも唯一の正義であるかのように報道されるのは危険な気がします。減税分を住民投票など権力闘争で使ってしまっては、まったく行財政改革とは言えないと思います。

9月議会閉会

今日は本会議の最終日で、上程された議案の採決をして、9月議会は閉会となりました。

なかでも陳情第9号の採決においては、「趣旨採択」という尾張旭市議会では何年ぶりかの珍しい採決が取られ、賛成多数で趣旨採択となりました。これは、採択はできないが、その意図することはよく理解できる、というもので、今回は同じ趣旨採択でも、元々の陳情書に賛成/反対の両方が討論に立つという珍し光景がありました。私は、元々の陳情書にも賛成だが、対象がかなり限定されており、そこの部分がまさに今後の協働における検討事項であることを懸念し、趣旨採択がベターであると考えている旨の主張を述べさせていただきました。

陳情に対しては、その取り扱いは議会ごとに様々で、議員に一覧を配布して終わり、という議会も多くあります。尾張旭市議会は請願との区別をせず、直接持参されたものについてはすべて採決をしており、それが意見書の提出を求めるものであれば、過半数を超える賛成があれば、尾張旭市議会名で各機関に提出してきました。なかには委員会審査にかけるものの「聞きおく」として「話は分かった」という程度にとどめる議会もあるようです。

議会は基本的には○か×しかないのですが、時には迷いに迷ってどちらかに決めることもあります。そういうときには、こういった決着になることもありますが、物の本によれば、あまり乱用すべきではない、と買いてあったりします。今後も気をつけて審査にのぞみたいと思います。
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